第二話「鞘に眠るもの」
焼け爛れた空の下、焦げたアスファルトの匂いが鼻を刺す。
街は死んだ。だが、完全に静まり返ってはいなかった。
崩れたビルの間を、何かが這い、軋み、喉を鳴らしている。
その異様な風景の中を、源太陽は歩いていた。
足取りは重く、視線は虚ろ。
叫ぶ気力すら、もうなかった。
「……夢だったらな……」
つぶやいてみる。だが返ってくるのは、瓦礫が風で崩れる音と、
遠くでモンスターが唸るような低い咆哮だけ。
現実は、容赦なくそこにあった。
彼女が、あんな姿になるなんて——。
彼女の名前はもう、思い出さないようにしていた。
思い出せば、また心が砕けてしまいそうだった。
——殺されると思った。
でも、あの時、確かに彼女は……一瞬、ためらった。
その目に、わずかに光が宿っていた気がした。
「あんなの……救いでもなんでもねえよ……」
呆然とさまよううちに、太陽は廃墟の中でひとつの構造物を見つけた。
寺の祠のような、古びた小さな建物。中に何かがある。
慎重に瓦礫をどけ、中を覗いた瞬間——心臓が跳ねた。
そこには一本の刀があった。
鞘に収められ、光を帯びて静かに眠っている。
柄には、奇妙な文字が刻まれていた。
《後夢(アトム)》
「刀……?」
朽ちた手すりに片手をかけ、太陽はゆっくりと刀に手を伸ばす。
——ゴンッ!
「ッ……!」
触れた瞬間、視界が白く染まる。
焼け付くような感覚。爆発のような衝撃音。
何かが脳に直接流れ込んできた。
これは記憶じゃない。
もっと根源的な“拒絶”だ。まるで、この刀自体が意志を持ち、太陽の手を拒んでいるかのような感覚。
「っの、野郎……!」
渾身の力を込めて刀を抜こうとする。だが、鞘からびくともしない。
「なんでだよ……! 今の俺じゃ、ダメってか……!」
悔しさが滲む。
力が足りないのか、心が足りないのか。
それとも、刀自身が持つ“何か”が、主を選んでいるのか。
それでも——太陽は刀を手放さなかった。
ゆっくりと背中に背負い直す。
重い。だが、その重さが逆に自分を支えてくれる気がした。
街を見渡せば、東京はもう“人の街”ではなかった。
黒煙が上がり、空には巨大な裂け目のような“アビス”が浮かぶ。
その中からは、今も時折、異形のモンスターが姿を現す。
「……何も守れなかった。何も……」
右手をかざす。
空間が軋み、光がきらめく。
淡く、ゆらめく半透明の“結界”が浮かぶ。
色も模様もない。ただ、空気を押し返すように、存在する“力”。
それはまるで、自分の中にある「守りたい」という意志だけを拾い上げ、形にしているかのようだった。
だが、それで何が守れるのか。
あの時の彼女すら止められなかった結界に、何の意味があるというのか。
「……俺は、何をすればいい……?」
その問いに答える者はいない。
ただ遠くで、爆音が鳴った。地響きが伝わる。
誰かが、まだ戦っている。
誰かが、生きている。
太陽は、拳を握りしめる。
足を一歩、前に出す。
この刀が抜けなくても、
この力が未熟でも、
それでも、前に進まなきゃいけない。
——この街は、まだ終わっちゃいない。
——彼女の、心の残り火が消えないうちに。
太陽は、崩れた街の中を歩き出した。
その背に、まだ目覚めぬ「後夢」を背負いながら。
【投稿者】ますた

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