第4話(中編):腐食の交差点
ビルの外から聞こえてきた軋み音は、やがて金属を引き裂くような異音に変わった。壁のひび割れから覗く闇の中に、無数の光点――目が浮かぶ。
「来るぞッ、太陽!」
結が咄嗟にハンマーを構え、磁力を帯びた重金属のようなオーラを身にまとう。床の鉄板が反応し、彼の足元に吸い寄せられるように密着した。
太陽は反射的に結界を展開した。橙色の光膜が咄嗟に前面に出現し、飛びかかってきたモンスターの爪をはじく。だが、その衝撃に足が滑り、背後の壁に叩きつけられた。
「くそ……!」
「私がやるわ」
さくらが扇子を開き、霧の中で薄桃色の桜が咲くように舞う。空気中の水分が凍結し、舞い降りた桜吹雪はモンスターの脚部を一瞬で氷柱に変えた。
結がその隙を逃さず、磁力で自らを弾き飛ばして跳躍、ハンマーを振り下ろす。
「どっせええぇぇぇい!!」
床ごとモンスターの頭部を叩き潰し、鉄と肉が混ざった破片が霧中に飛び散る。
息を呑む数秒の静寂――モンスターの呻きが途切れ、霧の中に静けさが戻った。
「……はあ、こいつら、だんだん強くなってねえか?」
「たぶん……アビスの濃度に関係あるかも」
太陽は立ち上がりながら、結界の再展開をやめる。いつものように、破れた場所を手でなぞると、触れた感触がなく、まるで空気が歪んでいるように感じられた。
「これ、ほんとに“守る”ための力なのか……?」
ぼそりと漏れた呟きに、さくらが横目で言った。
「その力、羨ましいわよ。私たちには、心で反応するような力はないから」
言葉の意味を聞き返す前に、結が周囲を指差した。
「見てみろ、あれ……建物の屋上に誰かいるぞ」
薄い霧の向こう、廃工場の屋上に男の影がひとつあった。頭には白い包帯、手には双眼鏡。彼は明らかにこちらを見ていた。
「まさか……生き残りか?!」
3人は慎重に工場へ向かった。中にはわずかに動く発電機と、電力を使ったラジオ機材があった。男は、避難民の一人だった。
「……政府の中継電波をたまたま拾っただけさ。仙台ってのは本当だと思う。でも、行くなら覚悟しとけ」
男は地図をくれた。今のルートのうち、比較的モンスターの出現が少ない道を赤線で引いてくれた。
「ありがてえ……」
「ただ、途中に“腐食の交差点”って呼ばれてる地帯がある。アビスの霧が濃すぎて、金属が錆びて崩れる場所だ。そこを越えるには……急がなきゃな」
太陽は、後夢(アトム)の鞘をそっと握った。
「行こう。こんなところで、立ち止まってる暇はない」
そして彼らは歩き出す。崩壊した東京の、その先にある希望を信じて。
【投稿者】ますた

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