俺、田中一郎。引きこもりオタクの俺に、まさか異世界転生のチャンスが訪れるとは夢にも思わなかった。今日は冷蔵庫が空っぽだったので、仕方なく近所のコンビニへ外出していた。
「……っあ!」
足下ばかり見て歩いていた俺は、ドカンという音に思わず振り向いた。突如、背中を誰かに強く引っ張られた。
振り返ると、そこには三つ編みの銀髪に白い翼を背負った少女――まるで女神のような存在が立っていた。
「目を覚まして! 車が来るわよ!」
少女が叫ぶと同時に、クラクションの音が轟いた。猛スピードで突っ込んでくるトラックが! 目の前で運転手の悲鳴が響き、俺はその瞬間――眩い金色の光に包まれていた。
「無事なのね、田中一郎」
気づくと、眩い光は消え、俺は大理石の床に立っていた。目の前には、あの銀髪の少女――いや、女神のような女性が立っている。
「あの……ここは一体……?」
「ここはエルディア王国の神殿よ。あなたは今、異世界にいるの」
少女は柔らかい声で答えた。俺は意味が飲み込めないまま、キョロキョロと辺りを見回した。
「異世界って……つまり俺は召喚されたのか? ていうか、君は聖女……天使か何かなのか?」
「フフン、私はエルディア王国の守護女神、アルテミスよ。あなたを勇者として召喚した者」
「守護女神!? え、俺を勇者!?」
事の重大さに俺は思わず震えていた。本当に俺が勇者になるのかと、頭の中で処理しきれない。
「そう、あなたは勇者。世界を救う役目を担う存在なの」
「え、ええっ!? な、なんで俺が勇者……?」
俺が慌てて尋ねると、アルテミスは手をかざして言った。
「ちょっと待って! まずはステータスを見てみて」
目の前に突然、ゲームのようなステータス画面が表示された。
名前:田中一郎 職業:勇者(仮) Lv:1
HP:5/5 MP:3/3
攻撃:1 防御:0 敏捷:1 運:0
――な、何だこの数値……。あまりに弱すぎる。俺は背筋に冷たいものを感じた。
「こんなステータスで本当に大丈夫なんですか……?」
俺が尋ねると、アルテミスは慌てて首を振った。
「待ちなさい! それはただの仮の試算よ。本当のあなたはもっと――」
パッと画面が光り、数値が書き換えられた。
名前:田中一郎 職業:最弱勇者 Lv:1
HP:10/10 MP:5/5
攻撃:5 防御:3 敏捷:2 運:99
特技:天然のツッコミ
画面に『最弱勇者』の称号が眩しく浮かんでいた。運が99って何だ。しかも特技が「天然のツッコミ」!?
「これは……いったい?」
アルテミスは得意げに胸を張った。
「ユーモアの神のおかげね。適性診断でこうなったの」
「なんで俺の運だけ極端に高いんだよ……」
俺は思わず独り言をつぶやいた。しかし、これで少し安心した気がしてきた。――だが、安心したのもつかの間、神殿に緊急を告げる鐘が鳴り響いた。外からは人のざわめきと馬車の車輪の音が近づいてくる。
「まったくタイミングがいいわね」
アルテミスは本を閉じると笑って言った。「行きましょう。すぐにでも王都へ向かわなくちゃ」
「王都……今から行くのか?」
俺が腰を上げかけると、アルテミスは優しく微笑んだ。
「そうよ、あなたは勇者なんだから。物怖じしないで、堂々としていなさい」
「物怖じしないって……俺はビビりっぱなしなんですけど!?」
「フフ、大丈夫。あなたなら必ずできるわ。私もついているから」
アルテミスは神官たちに手を振り、神殿の扉を開いた。俺も思わず後を追い、外へ一歩踏み出す。
扉の外には広大な草原が広がっていた。青空の下、緑の大地と優雅な雲が遠くまで続いている。
――ガオォォォォォォ!
そのとき、耳をつんざくような雄叫びが響いた。俺は思わず飛びのいた。
「う、うわぁっ!?」
目の前には、赤い鱗を持つ魔獣が現れた。全身に鋭いトゲをまとい、2メートルほどの大きさ。俺を捕食者のような目で見据えている。
「大丈夫よ、この子は優しい魔獣なの」
アルテミスが肩越しに告げた。「優しいって……本当かよ!?」
すると、その竜のような魔獣は「ポー」と鳴いて小さく寄ってきた。俺は動揺しながらも、アルテミスの方へ視線を向けた。女神は自信ありげな笑みで頷く。
「よし、行きましょう」
アルテミスは高く飛び上がり、俺もその手に引き寄せられて魔獣の背に乗せられた。草原が眼下に広がり、風が頬を撫でる。まるでゲームのフィールドを飛んでいるような、現実とは思えない絶景だった。
「……これが、俺の冒険の始まりか」
俺は小さく呟いた。確かにこれが新しい物語の幕開けだ。
――そして、最弱勇者・田中一郎の物語は幕を開けた。
【投稿者】ぷるぷる

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